善悪の区別
人間は、良くも悪くも感化される生き物だ。
つまり人からの影響を受けやすいということ。
子どもほど大人の影響を受ける。
大人になっても、周囲の影響を受ける。
無意識に受ける影響もあれば、率先して受けるものもある。
子どもは、まだ未発達な存在なので、善悪の区別が
分かっていない。分別もついていない。だからどうするか。
大人が教えれば良いのだ。子どものうちは、どんどん失敗して
恥をかいていいと思う。大人から怒られて、世間とはどういうものか
少しずつ学んでいく。子どもの頃に怒られた経験のある子どもは
大人になってから失敗が少ないと言う。加減が分かっているからだ。
反対に、怒られるのを拒否して育った子供は、
場数を踏んでいないため、大人になってから人前で失敗をする。
他人が不快になることが分からないし、社会的基準が分からない。
教わっていないからだ。ゆえに、大人になってから他人から
指摘されたり、怒られたりすると、本人に落ち度があるにも関わらず、
自分の素行を棚上げして、相手を逆恨みする。
実に哀れだ。こうなると修正は効かない。大人になってからでは
偏った癖や、素行は治らない。怒る方も好きで怒る人は、いない。
目に余って物を言う人がほとんどだろう。
だから、子どものうちに修正した方が良いのだ。
大人になってから恥をかくのは、本人なのだから。
親戚に、子どもの頃、地味で目立たない子がいた。
大人から見れば、地味で目立たないし、自己主張しないので
年寄りから見ると、一見扱いやすい子に見えた。
しかし、本性は所々に垣間見えていた。物を黙って隠したり
嘘を平気でついたり、大人から遊びのお小遣いとして
もらったお金を一人占めしたり、相手に怪我をさせようとしたり。
地味で目立たない性格と人格は全く釣り合わない。
そして大人になった今では、家庭が上手く行っていない。
当然と言えば、当然なのだが。怒られるのが嫌いな子供だったのだ。
親が怒ると言い訳をしたり、家を飛び出すので
結局、親は強く言えなくなる。結婚してからも、夫に何か
一言でも言われると、悪態をついたり、家を時々飛び出す。
そして、相手が根負けする頃に戻ってくる。
子どもの頃に味をしめたやり方で、押し通すのだ。
夫に女性を見る目が無いと言えば、それまでだが。
私は目立つ分、他人からの注文も多かった。
その反動で、目立ちたくないと常々思うようになってしまった。
「出る杭は打たれる」と言うが、出ていなくとも、とかく人は
注文をつけたがる。いい歳をした中高年でも素行の悪い人間は
やはりそれ相応の環境としつけをされないで、生きてきた結果だろう。
今更言っても、更生の余地は難しいかも知れないが
地域社会に生活している以上、規則違反をした場合には
罰を与えるべきだろう。
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